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作品賞は、前年度「該当者なし」である。一九七九年度も、「該当者なし」となりそうであった。総評は、「作品賞の空白が続くことによる今後への影響が憂慮された結果、審査の方針を、作品そのものよりは、作品を生み出した設計者の精神、考え方の可能性、制作態度をより重視する方向に変えることによって、該当作品を得ることにしたのである」(『建築雑誌』一九八〇年八月号)という。両年度の審査委員長は大江宏である。当時、彰国社で刊行が企画されていた新建築学大系第一巻『建築概論』の編集コア・スタッフとして僕は大江先生と頻繁に会う機会があった。当時住んでいた下馬のアパートがたまたま先生のお宅に近かったこともあって深夜にタクシーで送って頂くことも度々あった。直接話されることはなかったが、「総合得点の高い」有力候補の「制作態度」は認められない、という雰囲気であった。退けられたのは「ひろしま美術館」の作者である。
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建築少年たちの夢 布野修司
第一章 永遠の建築少年 安藤忠雄