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井上 美醜については、今のほうがより重要になってると思います。昭和四年に、高群逸枝という女性思想家が面白いこと言うてはるんですよ。「今、社会は男に牛耳られている。女には社会的な活動の場が与えられていない。そのせいで女の人は顔が美しいとか醜いとか、そんな表面的なことで人生が左右されてしまう。だけれども、女が社会にし進出して男と同じ権利を持つようなになれば、こういうくだらない差別はなくなる。と、そう考えている人がいるかもしれないが、それは間違いだ。今、女には社会進出のチャンネルが与えられていない。だから美人が勝利を遂げると言ってもせいぜい恋愛とか結婚の場所だけに限られている」といったことを言う。
つまり、男女が平等でなかった当時は、娘があまり美しくない場合に、例外的に「勉強して、自活の道を探したほうがいいかもしれないな」ということになりやすかった。明治大正期だと、美しくない女の子のほうが勉強の機会を与えてもらいやすかったと思います。それが「美人は勉強ができません」という教科書の記述にも繋がっていると思います。だから社会進出の先頭は恋愛や結婚の敗北者や落後者が走っていた。けれども、「もし男女が本当に平等になれば、今までは勉強の機会や社会進出の機会を与えられていなかった美人にそのチャンスが与えられるだろう。同じように努力をし、同じように学習する美人とそうでない人の、どちらに社会は光を与えるようになるだろうか」。つまり、男女が平等になればなるほど、ますます美人がのさばる世の中ができると、高群逸枝は予言していたんですよ。
これは残酷な予言やと私は思うけれども、当たっていると思うんです。市川房枝先生が国会で活躍しはった時代と、蓮舫が脚光を浴びる時代と比べて、どう思わはります?こういうとき、竹尾先生も、そんなこと尋ねられたって発言しにくいなあという気持ちを抱かはるでしょう。その「発言しにくいなあ」という気持ちをつくったのはいったい何なのかを調べるのが、私の仕事だと思っているわけですよ。
竹尾 だんだん対談しているのが辛くなってくるような難しい問題です。
つまり、男女が平等でなかった当時は、娘があまり美しくない場合に、例外的に「勉強して、自活の道を探したほうがいいかもしれないな」ということになりやすかった。明治大正期だと、美しくない女の子のほうが勉強の機会を与えてもらいやすかったと思います。それが「美人は勉強ができません」という教科書の記述にも繋がっていると思います。だから社会進出の先頭は恋愛や結婚の敗北者や落後者が走っていた。けれども、「もし男女が本当に平等になれば、今までは勉強の機会や社会進出の機会を与えられていなかった美人にそのチャンスが与えられるだろう。同じように努力をし、同じように学習する美人とそうでない人の、どちらに社会は光を与えるようになるだろうか」。つまり、男女が平等になればなるほど、ますます美人がのさばる世の中ができると、高群逸枝は予言していたんですよ。
これは残酷な予言やと私は思うけれども、当たっていると思うんです。市川房枝先生が国会で活躍しはった時代と、蓮舫が脚光を浴びる時代と比べて、どう思わはります?こういうとき、竹尾先生も、そんなこと尋ねられたって発言しにくいなあという気持ちを抱かはるでしょう。その「発言しにくいなあ」という気持ちをつくったのはいったい何なのかを調べるのが、私の仕事だと思っているわけですよ。
竹尾 だんだん対談しているのが辛くなってくるような難しい問題です。
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「知」の十字路 明治学院大学国際学部付属研究所公開セミナー3 原武史[編]
真実の追求は徹底的に 井上章一x竹尾茂樹