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だが実際のところ、ヒトラーはすでに金持ちだった。首相の給料など必要としていなかったのだ。『わが闘争』の印税一〇パーセントが、彼の収入になっていた。一九三三年以降は印税率が一五パーセントまで引き上げられた。『わが闘争』の印税収入で、彼は一九二七年、ベルクホーフ荘を購入した。のちに司令部が置かれたあの有名な別荘である。首相になると『わが闘争』の売上げ部数は驚異的な伸びを見せ、さらに一九三三年に印税率を引き上げたことで、ヒトラーはひと財産築くことができた。マックス・アマンが一九四七年に語ったところによると、ヒトラーが『わが闘争』によって手にした金額は一五〇〇万ライヒスマルクに上るという。現在の通貨なら数千万ユーロ[数十億円]といったところだ。
戦後五〇年以上が過ぎた一九九六年、CIAの前身であるOSSの報告書が公開されたことで、『わが闘争』の印税の行方が一部分とはいえ明らかになった。ジュネーブのUBS銀行にマックス・アマンがヒトラーの名義で開いた口座があり、終戦以来そこに数百万マルクの金が眠っていたことがわかったのである。
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ヒトラー『わが闘争』がたどった数奇な運命
アントワーヌ・ヴィトキーヌ 著
永田千奈 訳